2022/04/23

米ロのどちらを信じるか (武田邦彦先生)



本日の収穫(1181文字)

では続いては
視聴者の方からの質問ということです
米ロのどちらを信じるかということです
前回はロシアとウクライナについてのご解説
とても勉強になりました
今回はロシアに若干の利があると言いますが
日本もロシアに多少恩を売っておく方が
良いのかもというのも分かる気がします
しかしどうしても
刷り込まれたのかもしれませんが
ロシアを信じていいのかどうか迷います
中国に対抗するためには
ロシアもアメリカもどっちも必要だと思います
しかし かつてアメリカは日本人を虐殺しました
ロシア旧ソ連も日本を裏切りました
私たちはアメリカとロシアの
どっちを信じるべきなのか
本当はどっちも信用ならないと思うのですが
私たちはどんな風に考えておけばいいのか
先生のお考えをお聞かせくださいという内容です

外国は日本にとっての外国は
ほとんど全部の外国が邪悪なんですよ
だからもうアメリカもロシアも
信じちゃいけないんですよ 中国もね もちろん
割合とね 人柄が良くてね
日本を尊敬している国っていったらね
やっぱり日本が
この前の大東亜戦争の時に占領した国ですね
台湾とかそれから
インドネシア・フィリピン
フィリピンはちょっと違うんですけど
インドネシアそれからタイ
それから あそこら辺ね マレーシア
マレーシアやっぱりイギリスの影響がある
マレーシアはイギリスの影響があって
フィリピンはアメリカの影響があるんで
ちょっと違うんですけど
特にインドネシア台湾とかベトナムも
ほぼ間違いないですね
ここら辺はもう本当に心から親日です
インドも心から親日ですね
ですから日本人を非常に強く尊敬してくれる
国っていうのは信用できますね
ただ勿論大国はもうずる賢いんでね
僕なんかはアメリカは
アメリカ人はそんなに嫌いじゃないし
アメリカにもいいところあるんですけども
僕はハワイに行かないんですよ
なぜかっていったら
ハワイ人の国を軍艦2隻で占領した
それで王族全部殺しちゃった
そういう国アジア人ですね あそこは
そういう国に日本人が
買い物に行くっていうこと自体が
日本人が 何て言うかな
そういう歴史的な
その時の悔しさっていうか民族の悔しさですね
今広島の原爆で死んだ子供達が
どんなに悔しかったか
それをやっぱり
普段あまり表面に出さなくてもいいけど
やはり心の奥底には
それは許さないぞという態度がね
やっぱり必要だと思いますね
その意味では
一番許せないのはやっぱりアメリカ
それからロシア それから中国と
日本は元々大国に囲まれてるんで
今までの江戸時代までの
それから明治もそうですけども
日本人っていうのは
よーくそれを分かってて
決してアメリカもロシアも中国も信じてなかった
日本の子供たちを守るためには
どうしたらいいかっていうことを考えた
その中には間違いもありましたけど
考えてる筋はそうでしたね
ですから今の日本人っていうのは
そういう大人ですね
大人は特に そういう点では
非常にかけてると思いますね
考え方 そういうことですね

2022年4月22日 武田邦彦の「ホントの話。」第108回

#武田邦彦 先生

2022/04/05

母が6カ月ぶりに入院先の大学病院から帰ってきました。




母が6カ月ぶりに入院先の大学病院から帰ってきました。
80代の母ですが、肺炎治療中にめまいに襲われ
救急車で運ばれたのですが、検査の結果は膠原病の一種で
大きな動脈に炎症をおこす病気だと分かりました。
難病指定なので治療費はあまりかからないのですが、
肺炎とめまいだけだったのに
退院した今の状態は要介護3です。
38kgあった体重も今はもう32㎏、
元気で毎日買物に行くのが楽しみだった母。
病院では会う事も出来ず、このような状態で退院したことを思うと
救急車を呼ばなければ良かったと後悔しています。(ワクチン未接種です)

今の医療は一体何をしているのかさっぱり分かりません。
何を信じていいのか?

これからは介護で恩返しをしたいと思います。
大変申し訳ございませんが、文字起こしは当分の間お休みします。

楽しみにしていた武田先生のファンの皆様、本当に申し訳ございません。🙇⤵
私も毎日頑張ってきたので非常に残念です。



2022/04/04

科学的哲学的論考 自分の希望はなんなのか? (武田邦彦先生)


本日の収穫(3736文字) 

先ほどですね
原発を考えるものの最後に十回にですね
じゃあ日本の一般国民は
何を原発について考えなきゃいけないのかって
いうことを話しておりまして
私昔から一つの疑問はですね
日本文化がこれヨーロッパ文化に
毒されたわけじゃないと思うんですが
日本文化っていうのは元々ですね 専門は
専門家に任せるっていう考え方なんですよ
やっぱり日本人はなかなか日本の中で
ごまかす人が少なかったんでしょうね
ですから その例で言ったのは
お寿司屋さんと棟梁だと
大工の棟梁さんには間取りは言わないと
これは私 大工の非常にこう
有名な棟梁さんと親しかったもんですから
色々その人と一緒に寺を
彼が建てた寺とかですね
それから民家を
回ったことが随分あるんですけれども
この前お亡くなりになりましたけど
その方はですね
日本の伝統に沿って その建物を建てる時に
住宅を建てる時ですね
その本人の家族計画とか
人生の希望とか
どういうような毎日を送れば
いいかっていうことを聞くんですね
それで間取りとか設備とか洋間にするか
和室にするか台所はどういう風にするか
それは棟梁が決めるんです
これは日本の文化なんですね
棟梁はじっくりと依頼する人の
人生が幸福になるように考え
それから彼は木を切りに行くんですよ
その住宅のその建てる人の人生に
沿った木を探しに行くんですね
棟梁の言うことですからね
有名な棟梁の言うことですから
なかなか飛び跳ねてるんですが
木曽の方に入っていくんですよ
それでそうするとですね
彼の言うにはこう木をこう回って
どの木を使うかって回ってると木の方から
自分がいいよって言ってくるっていうんですね
ちょっとまあ なかなか
近代科学では難しいんですが
いやこれはアフォーダンスっていって近代科学でも
そういう風なことを研究されているんですけどね
それでその木を切って
そしてずーっと自分と弟子でですね
かんなで削ったりのみでやったりして
作っていくんですね 部材を
それで最後組み上げるまで平済みしてるんですよ
それでそれは全く図面もないんですね
その彼の頭の中だけにあるんですよ
それで組み立てるんですね
それがいわゆる
血の通った建物ができるんですね
私はその棟梁さんと一緒にこう回るんで
建築主の方はゴマをするっていうか
棟梁さん毎日悪口言えないってこと
あるでしょうけども
みんな非常にこう気に入ってましたね
奥さんなんかに聞いても
いやこの台所使いやすいって言っておられましたよ
ですからやはり専門は専門に任せるっていう
日本の風習っていうのは悪くないんですね
それは寿司屋についても
ちょっとお話をその時したんですが
寿司屋の職人でちょっと威張ってるんですが
それはなぜかといったらですね
寿司屋つったら いらっしゃいっていってね
客が入ってくると
その客の顔色とか動く速度でですね
だいたい今日の状態が分かるんですね
それが修行するんですよ
どのぐらいお腹減ってるか
今日はちょっとくしゃくしゃしてるか
それとも機嫌良くいいのか
それでだから寿司屋に行くとですね
大将握ってくれとかってこう言うんですよ
そしたら大将が へい!とか言ってですね
握ってくれと言ってるのに
最初になんていうかな
刺し身が出る 造りが出る場合もあるし
それから最初から握ってくるものもあると
私なんかは 若干
握りの魚が好きなもんですからね
馴染みの寿司屋に行くと
何も言わなくてもちゃんと出てきますよ
それで時にはね
今日はこういうものが入ってますよとかね
今日はタコから行きますかとかって
いうことは言いますけど
せいぜいそんなもんなんですよ
ヨーロッパは違うんですね
ヨーロッパはステーキだったらステーキ頼む時に
百五十グラムなのか百三十グラムなのか
焼き方はレアなのか
ウェルダンなのか全部聞いて
そしてそれに合わせて作るという
そういう専門性なんですね
日本流で言えばですね シェフに今日は
うまい肉がちょっと食いたいんだけどねと
そういうことを言えばですね
その人の顔色とかそういうの見て
今日はレアがいいのか
ウェルダンがいいのかですね
それも考えるっていうそれが日本式なんですね
これは全てにおいてそうなんです
これは信頼できる社会がまず
構築されてるってことでしょうね
ですから例えば私一回
東向島の芸者の入る接待用のところですね
によく僕のファンの人が
連れてってくれたことあるんですけども
そこで非常に面白い経験をしました
それはですね
ある時にどうも変だなと思ったのは帰りがけの
僕の酔い方がですね
お酒の酔い方がいつも一定なんですよ
飲み過ぎもしないし飲み足りなくもない
そっから車で帰る時に車に乗って
後ろの座席に座るとですね
いつも気持ちいいんですね
変だなーと思ってですね
その後芸者さんの注ぐの
仲居さんもそうなんですが
仲居さんも芸者さんもですね
注ぎ方を見てると
僕の体調が悪いとあまり注がないんですよ
それで体調がいいとどんどん注ぐんですね
ですからヨーロッパ風のっていうか
銀座のクラブなんかはですね
できるだけウイスキーを
消費させようと思って注ぐんです
ところが日本の
ああいう接待のところはですね
お客さんがいつも気持ちよく
帰ってくれるように注ぐんですよ
それはもう接客のレベルっていうのは
全然違うってことですよね
そういう高級なね旅館は別に
お酒の代金がどうだってことないんですよ
だから徹底的にそのー
それはおかみさんが聞いたんですよ
どうもそういう感じがするけどって言ったら
そこのおかみさんは
芸者の一番大切なことは客が気持ちよく
帰ってくれるっていうことだと
だからお酒の飲めない方もいれば
体調の悪い時もある不機嫌の時もある
それに合わせて帰る時はいつも
あー気持ちいいなと思って帰ってもらう
修行をするんだって言うんですね
ほう凄いなあー
銀座のクラブなんていうのは
威張ってるけど大したことないんだなと
思ったことあるんですね
この話をしたのは実は 原発とか
それから電力エネルギーそれから環境と
こういう難しい問題ですね これをですね
多くの人が知ろうとするんですよ 中身を
原発なんかいい例なんですけどね
例えば太陽光なんかも考えますとね
太陽光発電がもし非常に良ければ
当然電力会社は太陽光発電をやるんですよ
太陽光発電って危険はないですからね
だから電力会社としては土地も持ってるし
山奥に太陽光発電をして
そこから電線
高圧電線で引いてくればいいわけですよ
まあ太陽光はあまり高圧でませんが
電線で引いてくればいいわけですね
ところが全くやらない 何でかっていったら
採算に合わないないからなんですよ
採算に合わないってことは
エネルギーを多く使うってことなんですね
原発もですね 約五兆円の売り上げに対して
国が五千億円出してるんですよ 大体
10パーセント補助を貰えばですね
どんな商売でもできる
これをお聞きの人が
ご商売やってたらすぐ分かりますよね
それは飲食店でもですね
洋服を売るとこでも一着売れば
国からその一着の値段の一割が出ればですね
大体商売って何やっても儲かるわけですよ
だって儲けの範囲って
大体一割の中に入ってるわけですからね
10パーセント儲けるって
非常に大変ですからね
だからそういう意味では
実はですね 我々はあまり原発がいいかとか
太陽光発電がいいかとか
考える必要ないんですよ
ただそれには
世の中が信頼感があるっていうことと
補助金がなくてそれぞれの人が
それぞれの方針でやれば
原子力発電所はなくなってしまいます
国からの補助金がなければ
原発はやらないですよ 電力会社はですね
太陽光発電もやりません
石油を石油系の燃料を使って当面やりますよ
それで石油系燃料がじゃあ
なくなってしまったら困るじゃないかって言うけど
いやいやそれはもうね
我々よりが電力会社の方が困りますよ
我々は電気は何かで調達作れますね 政府が
だけども電力会社は
自分のとこつぶれちゃいますからね
ですから補助金なしで
自分の判断でやれということになりますとね
我々が考える必要ない 我々が希望するのは
安い電気をよこしてくれってことになるんですね
それには例えば戦前がそうでした
戦前はですね 一時一番多い時は
電力会社の数って七百ぐらいもあったんですよ
六百八十だったかもしれませんが
そのぐらいあるんです 会社が
どこからも電気買えるんですね
だから安いところの電気を買えばいい訳ですよ
同じ電気なんてのは百ボルトで来れば
みんな同じですからね 品質は
ちょっと停電が多いとか
そういうことがあるだけですからね
ですから補助金なし自由競争原理で
やってですね お役所は何をやるとか
それをチェックする必要があるんですね
ちょっと今これ
また話が拡大するんで言いませんが
水道の民営化なんかそうなんですけど
その水道事業自信をお役所がやるって
やっぱり曲がるんですよ
今みたいに下水を飲まされるんですよ
だけどチェックをするのは
お役人は得意なんですね
ですから一般国民は希望を言い役所は
チェックをする
その中で自由競争で
やるっていうシステムになればですね
非常にいいんじゃないか
しかし今はもう電力にしても原発にしても
太陽エネルギーにしてもみんなね
だまされるんですよ
専門家私なんかも専門家ですが
専門家から見ると
素人騙すほど簡単なことってないんですね
これに引っ掛かってるもんですから
皆さんも是非ね
希望をはっきりするということの方が
原発についてもエネルギーについても
大切なことじゃないかという風に思います 

2022年2月29日

#武田邦彦 先生

2022/04/03

科学的哲学的論考 ▶原発講座(10)総合  日本国民は原発をどう考えるか? (武田邦彦先生)



本日の収穫(4064文字) 

原発のことを個別に勉強してきましたが
今日は第十回目ということでですね
じゃあ個別のことが分かったと
多重防御があってそれがサボってたとか
固有安全性については
理論がしっかりしてなかったとか
その他色々技術ということで嘘をついてたら
技術は完成しないとか
そういうことが色々分かってきたわけですが
じゃあ一般国民はですね
原発をどう考えたらいいのかと
いうことについての
私の見解を少し述べたいと思いますが
まず第一にですね ちょっと日本人は自分の考えとか
感情を決めるのが少し早いんですよね
ほとんど事実を知らなくても
直感でなんかあれはだめだ
これは駄目だってなっちゃうんですね
そのタイミングがね
少し早いぐらいはいいんですけど
ちょっと早すぎるっていう感じがするんですね
ですから原発のことを
今までも随分お話してきました
私に最初に質問される人の意見がですね
かなり違った事実だったので
それを少しこう あー実はそれは
こういうことなんですっていう風に説明すると
やっぱり結論が変わって
じゃあ原発やっぱりやんない方がいいねとか
そういう風になるんですね
ですからは特に今の場合
日本のテレビっていうのは
本当のことは言いませんので
言ってみれば噓のことで自分の感情とか
意見を決めてしまっているって
いうところがあるんですよ
したがってですね やはり原発について
こういう難しい問題についてはですね
できれば自分の意見は曖昧にした方が
いいんじゃないかと思うんですよ
曖昧っていうか これはね
実はお医者さんに行くでしょう
それでお医者さんに行って
ちょっと風邪ぎみで熱があって
どうでしょうかとは先生に聞くんですね
それから先生がなんか診断されて
薬とか注射とかするとしますね
我々はそれは正常なことなんですよ
つまり専門の人がこう決定するんですが
希望は患者さんが述べる訳ですね
早く熱が下がった方がいいんですとか
それからしばらくこれはもう疲れてるから
休みたいとも思うんですとかって
それ希望ですね
医学の知識とは関係ないですね
医学の知識の方はお医者さんが担当する
だから言ってみれば
あの薬をくださいこの薬をくださいっていうのは
いけないことになってる訳ですね
希望だけ述べる
これは医者ばかりじゃないんですよ
例えば昔の日本の住宅っていうのは
非常に優れておりましてね
棟梁っていうのがいまして
棟梁っていうのが間取りを決めるんですよね
間取りを棟梁が決めるのは
他人の家の間取りを決めますから
家を建てる方はですね
十分に自分の人生計画を言う訳ですよ
家族は何人でそれぞれ性格はこういう性格で
何が趣味で将来はこういう風な
家庭にしていきたいとか
そういうことを話をするんですね
それが普通は 実は自分で
間取りなんか決めてしまうとですね
自分の人生の希望とか方針が
はっきりしないっていう場合があるんですね
つまり必ず実際に自分がやりたいことと それから
専門的にそれをどうするかってことは別なんですね
日本の場合ちょっと話が違うんですが
もう少し拡大しますと
お寿司なんかもそうなんですね
お寿司もマグロを握ってくれとか
シャコを握ってくれとかいうのは本当は邪道で
今日はどういうものを食べたいかとか
いうのが正しいんですね
そしたら板前がですね それに合わせて
最近はシャリの量が少ない方がいいっていうけど
そんなことないんですよね
ご飯が食べたい時もあるし それから
魚が主に魚だけ食べたい時もある
それを板前っていうのは何であんな風に
威張ってるかっていうとですね
大体板前は普通の寿司屋の板前っていうのは
寿司職人っていうのは
普通よりか威張ってるんですが
あれ威張ってるのはなぜかといったらですね
普通は例えばステーキを食べたいとか
百五十グラムとかレアだとか
なんかそういう風なことをずっというんですね
ところが日本はそうじゃなくて
職人の方がその人の顔色とか
食べ方を見てですね
自分の専門職に合わせて適当なものを
出すっていうそういう文化なんですね
原発もね それに習ったらいいわけですよ
つまりエネルギーが不足しているのか これもね
将来エネルギーが不足するかっていうのはね
ほとんどの人はすごく心配してんですけど
あんまり心配する必要ないんですよ
それは専門家がいますから
もっと難しいんですよ
エネルギーの将来っていうのは
エネルギーの将来を考えるっていうのは
原発を考えるよりはもっと難しいんですね
ですから今のところ電気は来てるのか
それともガスをつけたらガスが出るのか
そういうことを考えばいいわけですね
それで今のところ
エネルギーはあまり困っておりませんと
電気も電気代が
もうちょっと安くなったらいいとか
もう少し高くても余裕はありますとか
そういうことは言うわけですね
つまり使用側の希望を
はっきりしておくっていうことなんですよ
僕は一般国民はそれでいいと思うんですね
そしたらそれに応じて電力会社とか
資源学者とかそういう人達が考えてですね
やるんですね 原発もそうなんですよ
私はね 原発反対派
反原発グループに分類されてるんですよ
マスメディアなんかでは
だけど僕は全然違うんですよ
私は原発は素晴らしいと思ってるんですね
だけども完全な原発じゃなくちゃ
やっちゃいけないっていう考えなんですよ
完全な原発 私が国の原子力安全委員の
専門委員だった時にね よく言ってたのが
今の原発は安全といえば安全だと
飛行機で言えば十回飛べば九回は墜落しない
だけど一回は墜落する
だから十回のうち九回は
安全に飛べれば安全だとも言えるし
十回に一回墜落するなら
乗らないっていうのもある
だけど私の考えでは自分の娘を十回に一回
墜落する飛行機に乗せるかっていうのは
私は乗せません
しかし乗せる人もいるかもしれない
だから安全に対する考え方っていうのは
人によってこう違うんだけど
私は十回に一回墜落する飛行機は
技術的に未完成だから
飛ばさない方がいいという考えですと
こう言ってたんですね
それで原発もそうで
原発が全然悪い訳じゃないんですよ
あれ非常に少量の燃料で非常に高い
高温の水を作りますからね
発電効率もいいし
ものすごくいいんですよ ただ危険なんですよ
危険が二つあって
一つは事故の可能性がまだ全然耐震性
特に耐震性ですね
耐震性とかそういうのがないんですよ
電源が止まった時の安全性とか
確保できないんですよね
これは福島原発で分かったわけですが
もう一つの大きな問題は
どうしても放射線の被曝と
健康の関係が分かんないんですよ
もちろん放射線っていうのは天然界にもありますし
別に人間っていうのは
放射線の中で生きてきたわけですから
放射線が完全な毒物だとも言えないんですけど
どのくらい被爆すると どのくらいの
病気になるかっていうのは分かんないんですよ
もちろんだから この前は
このブログでも説明しましたが
安全基準っていうのはないんですね
容認基準っていうのがあるだけで
つまり自動車と同じなんですね
自動車も交通事故で亡くなる方が五千人とか
怪我する方 八十万人とかおられるんですが
それでも自動車は走ってるんですよ
それは非常に便利だから少しぐらいの
怪我とか死人が出ても仕方ないって
これは容認限度なんですね
安全基準じゃないんです 容認基準なんですね
だけど原発の場合ね
これは個人個人によって違うんですけど
僕は別に石油系の燃料焚けばいいんだから
電気を起こすには
今のところ原発必要ないから
石油がなくなってきたらでいいじゃないかと
それで原発技術っていうのは
その安全技術以外はできてるんだから
今から安全技術をしっかりしてですね
石油とか石炭が不足してきた時に
使えばいいじゃないかという考えなんですよ 実は
石油は後 四千年ぐらい持ちますからね
石油系燃料っていうのは
四千年あればね
原発も安全なんじゃないかと
原発って一番初めに火が
原発に火が灯ったのは戦争中にですね
イタリアの科学者で
エンリコ・フェルミっていうのがいるんですけど
それがシカゴ大学で実験用原子炉を
最初に動かしたのが初めてですから
まだ八十年しか経ってないんですね
その間にチェルノブイリとか
福島原発が爆発してる訳ですから
なかなかまだ
完成した技術とは言えないんですよ
ですからあまり急がずに四千年と言わなくても
二百年・三百年と使ってです
研究してですね
それで石油系燃料がなくなってきたら
使えばいいんじゃないかと思うんですね
それからもちろん私は
地球が温暖化するなんて思ってないんですが
地球が温暖化するっていうことを
怖がってる人もいますね
しかしですね 地球が温暖化して
やっぱりこれも困ったことが起こってくる
今雨が激しいなんて全然
気象庁のデータを見れば分かるんですけど
雨が激しいことはありません
これは百年間のデータを気象庁が出してますから
温暖化によって今気候なんか変わってなくて
これはメディアがただ嘘をついてるだけですからね
割合と気候は今穏やかで安定した時期なんですよ
もちろんこの前長岡で大雪が降ったらですね
史上最高の積雪量なんて言ってたけど
これは嘘であることはすぐばれましたね
だから最近は気象庁も含めてですね
メディアも平気で嘘をつく時代なんで
そういうことをもとに
原発を見てはいけないっていうことですね
しかも原子力発電所の出すCO2ってのはですね
火力発電所とほとんど同じなんですよ
ただ今は規則で 政治的な理由で規則でですね
運転時に出るCO2だけを計算してるんですね
建設の時に出るCO2を
入れてないっていうことがあってですね
そういうペテンによって原発はCO2を出す量が
少ないと思ってる方多いんですけど
これは全然同じです 発電方法によらずに
同じなんで太陽光発電もそうですね
太陽光発電も原発も石油火力と
同じぐらいの温暖化ガス出しますからね
それもごまかされないように
自分の意見を作られる時は
まず自分が今困ってるか
将来は非常に難しいですからね
今自分が困ってるか それから
自分が社会の安全っていうことに対して
原発が自動車並みなら少しぐらいは冒険すると
だけど原発の代わりに
火力発電でやればいいんだからと思えばですね
そんなに急ぐことない
ここら辺の意見を固めとく方が
いちいち原発の中身の安全性を
考えるよりかはいいんじゃないかと私は思います

2022年3月28日

#武田邦彦先生

2022/04/02

科学的哲学的論考 ▶原発講座(9)健康 技術としての耐震性 社会としての耐震性 (武田邦彦先生)



本日の収穫(3568文字) 

原発講座も九回目になりまして
まだ各論なんですね
次ぐらいからちょっと
総合的な話をしたいと思うんですが
耐震性もやっぱり触れとかなきゃ
いかんだろうなと思いましてですね
世界でですね 原子力発電所って
いうのは五百くらいあってですね
そのうちアメリカが百ちょっと それから
フランスと日本が五十ちょっとということで
今中国が非常に作っていますが
ここら辺が原発大国なんですね
それで原発の一番の弱みは
やっぱり耐震性なんですよ
もちろん今度みたいに床下浸水で
爆発しちゃうっていうのもあるんですけども
これは日本の電力とかその他政府が
嘘ついたからこうなっちゃったわけで
一番弱いのはやっぱり耐震性
地震に対する耐震性でしょうね
この他に敵国が原子力発電所を目的に
爆撃するっていうのがあってですね
今原子力発電所を持ってたら
むしろ都市に原爆を打ち込むよりかですね
ミサイルで原子力発電所を攻撃した方が
酷いことになるっていう風に言われてる訳ですね
耐震性とそのジェット機に
爆撃のジェット機による攻撃を防ぐのも
ミサイルによる攻撃が難しいと
巡航ミサイルでもいいですけどね
耐震性はですね コストとの関係なんですね
原発っていうのは中を見られた人は
ほとんどいないと思いますが
ものすごく複雑なんですよ
この複雑な原発を簡単にするっていうのも
安全上大切なんですが
とにかく現在は複雑なんですね
それで地球上でですね 大きな地震がある
震度六ぐらいの地震がですね
毎年と言わずに十年にいっぺんぐらい
あるっていうところは限られてるんですね
それは地球上のプレートの移動がですね
集中しているところっていうのは
古い海の陸側なんですよ
古い海っていうのは太平洋しかなくてですね
大西洋は新しい海なんですね
インド洋はちょっと小さいんです
大したことない
したがって大西洋側っていうのは地震がないんですね
あっても小さいんですよ
太平洋側は大きいんですね
太平洋側の陸地沿いですから
チリ地震っていうのがありまして
チリからカリフォルニア地震ですね
ちょうど南北アメリカの西側ですね
それが地震が多いわけです
それからアリューシャン列島に来て
千島列島に来て
日本列島でそれから台湾から
フィリピン・インドネシア
それから遠くはニュージーランドの付近まで
ぐるっと太平洋の底がこう割れて
拡大してますからね
そこら辺で全部沈み込みがあって
それで大地震が起こるわけですね
火山もそうですね 今度のトンガの
大きな火山なんかもそうなんですが
地殻が割れやすいわけですね
ですから大きな地震が起こるわけです
それで震度六以上っていうとですね
もちろん例外っていうのは何でもあるんですが
ヨーロッパほとんどありません
ヨーロッパは最大でも五.五
震度五ぐらいが普通ですね
ちょっと南部ヨーロッパぐらいで
震度五ぐらいに行くんですね
ですからヨーロッパは大丈夫なんです
それからアメリカの東海岸も
かなり完全なんですね
危険なのが 簡単に言えば
アメリカの西海岸のほんの一部
それから日本
それから台湾ぐらいが危ないんです
原子力発電にしてはですね
その他はほとんどありません
それから中国はですね
内陸地震で大きいのが時々起こるんですが
海溝で起こる地震ですね
それはちょっと離れておりますので
このぐらいの耐震性なら
行くかなっていうようなところなんですね
ですから日本はですね
世界でも稀に見る地震国に
稀に見るほど五十何基という
原子力発電所を作ったわけですよ
各国はどう思ってるかっていったら
いや結構危険なことをするけど
まあ日本っていうのは非常に技術が高いから
耐震設計はちゃんとしてるだろうなとこう
思ってるんですが 実は駄目なんですよ
今度の東北大震災でよく分かりましたね
東北大震災って
大体東北地方は震度六だったんですけど
新幹線がその時全速力で走ってた新幹線が
二十七列車あったんですね
そのうち非常に軽い程度の脱線をしたのが
脱線というのかどうか分かりませんが
非常に軽い損傷を受けたのが一列車だけで
後の二十六列車はですね
地震が震度六の地震が来て急ブレーキかかって
普通に止まってるんですよ
これね 逆だったら大変だったんですね
新幹線が転覆して
原子力発電所が安全だったって言ったらですね
何百人も亡くなったと思うんですね
JR東日本の
あっぱれっていう感じなんですよ
それに対して原子力発電所の方はですね
爆発したのは福島第一ですけれども
重大な損傷を受けたのが
東海原子力発電所と福島第二ですね
それから女川もかなりの打撃を受けました
そういうことでですね どう見ても
それから電源喪失なんて言ってますけども
東北電力は別に
長期間の停電になったわけじゃないですし
それから一般住宅ですらですね
津波を受けないようなところは
それほど大きな損傷受けてないんですよ
私は色んな用事で
2011年の東北大震災の後
福島県・宮城県を中心に
随分あちこち行ったんですけども
民間は瓦が落ちてるとかですね
そういうのがあって
もう津波以外で家がぺちゃんことかいうの
ほとんどないんですね
私の感じではですね
現在の原子力発電所はですね
疑問に思った方は色々ご自分で
お調べになったらいいと思うんですが
原子力を推進する人は
あまり本当のこと言いませんのでね
普通の民間よりか弱いと言うと
ちょっと怒るかもしれませんが
通常いいメーカーですね 大手のメーカーが作る
マンションよりか弱いんですよ 耐震性が
本当ですかって言うけど 今度見たら
分かりますよね 今度のこと見たら
それからその後の大飯原発かなんかでも
似たようなことがありましたね
あそこは震度四.五か
五.五ぐらいでやられましたね
私のこの経験では震度六ぐらいに
耐える耐えるって言ってるんですが
私一回整理してなんか
然るべきところに出したことがあるんですが
まあ感じとして五以上になると
原子力発電所は危ないんですよ
配管が長かったりしましてね
それから分からないようにしているっていう
ところが一つは問題なんですね
原子力発電所で
私のとこは震度六.五ぐらいでも大丈夫ですよ
なんて言ってるとこないんですよ
すぐ何とかガルとか言い出してですね
垂直何とかガルとか 水平何とかガル
確かに設計上はそうなんですね
設計はそういう加速度で
設計しなきゃいけないんですけれども
一般の国民に分かりやすく言うには
震度六.五までは大丈夫ですって言わないと
震度六.五は来ますからね
原子力発電所はですね
何年にいっぺんぐらい事故起こしていいかっていうと
一応一万年になってるんですよ
それで一万年に一回
事故が起こるということを想定して
設計されているはずなんですけど
なんたってですね
原子力発電所で儲けるためには
できるだけ建設費を安くして
それからそれをごまかすという二つの方法が
電力会社は取ってるんですね
ですから耐震性を上げると
もちろんコストが上がりますから
耐震性大丈夫だ 大丈夫だって言って
地震来るごとにどっかが壊れるっていうことを
今まで続けてるわけです
もちろん大きな事故は
小さな事故が何回か起こると
大きな事故になるっていうのは
法則としても知られてるようなもんですね
それから原発が
建ってるところを見ると分かるんですけど
東北地方の巨大地震が起こる可能性の
あるところにいっぱいありますね
六基ぐらいあります
それから浜岡原発なんかはですね
あれだけ政府が東海地震が来る
東海地震が来るっていってる
震央地?に近くに建ってるんですね
これは実は政治とお金の問題なんですよ
地元がですね 地元にお金を配って
原子力発電所を作るもんですからね
ですからもう政治っていうのは
そういうことをするとこじゃないんですよ
政治っていうのは
事実に基づいて正しい判断をして
それで住民の希望に
沿うっていうのが政治ですから
今みたいに何でもかんでも嘘ついて
政治家が金入ればいいや
金入ればいいなんてやつは
本当は政治じゃないんですよね
これは参政党でも少し票が伸びれば
やっぱり随分この政治の嘘とか
政治と金なんていう問題が片付きますが
今のところそういうことなんですね
つまり世界的に見て日本と台湾の原発は
大きな地震が来たら壊れるようにできている
それが日本に五十基もある
だからこんなの運転しちゃいけないんですよ
もっと更に言えばですね
フランスなんか内陸の海岸淵は
なんてったって危ないですから
内陸に作ってるんですけども
日本が一番いいのは琵琶湖のほとりなんですよ
だけど琵琶湖のほとりは建ててないんです
それは日本の原子力発電所が
嘘つくからなんですね 排水とか
だから大阪・京都の人が反対するんですよ
だから人のいない
若狭湾でやってるわけですけども
若狭湾と琵琶湖ってのは
ほとんど近いですからね
琵琶湖は淡水で地震もありませんから
だから琵琶湖に作るのが一番いいんで
フランスはもうみんなこう畑の中に
原発がダァーって建ってますよ
やっぱりそのくらいの誠実さがね
フランスに真似るの残念なんですけど
そのくらいの誠実さが私は必要だと思います

2022年3月27日

#武田邦彦 先生

2022/04/01

科学的哲学的論考 ▶原発講座(8)健康 被ばく限度のウソ  メディアのウソ  原子力のウソ (武田邦彦先生)


本日の収穫(3890文字) 

表紙には被爆限度の嘘 メディアの嘘
原子力の嘘と こういう様に書きましたけど
嘘という言葉は嫌ですね
語感も嫌だし なんか
言ってはいけないことのように思いますね
しかし世界で日本はですね
江戸時代の末期までっていうか
明治の終わりまでっていってもいいですかね
嘘はほとんどなかったんですよ
これはですね 当時の小説なんかを
読むと本当によく分かるのは
みんなが人の言うことをそのまま信じて
ちゃんと上手くいってたんですね
っていうのは人が言う時に嘘をついちゃいけない
という意識が強かったんですね
これは今でも世界の他の民族に比べれば
圧倒的に日本人は嘘が少ないんですけども
それでも本当に平気で
嘘をつくっていうとこまで行ってないんですよ
ヨーロッパなんかどっちかっていったら
平気で嘘をつくんですね
だけど日本人は平気では嘘をつかない
嘘を隠すっていう段階ですね
だからまず嘘をつかないっていう段階があって
その次に嘘は悪いことだと思っているので
隠すということですね
それから三番目が嘘を割合平気で言うっていう
その三段階がある訳ですね
アメリカなんかで道を聞いて
あーそれはこう行ってこう行って
こう行ってって教えてくれるので
その通り行くと全く違うと
しばらく生活してるとアメリカ人ってのは
そういうの嘘言うのは平気なんですね
要するに物事が進めばいい
嘘は構わないっていうのがアメリカ人の考え方ですね
ヨーロッパもややそういうところあるんですね
日本人はそうじゃないんですよ
知らなかったら
いやちょっとその場所は知りませんので
他の人に聞いてくださいっていうのが
日本人なんですね
それで随分違うんですよ
だけど原発については
嘘が山ほどあるわけですよ
だからもう日本文化ではないんですよね
それをちょっと具体的に列挙しますと
まず被爆限度の嘘ですね
これはものすごくはっきりしてましたね
被爆は一年一ミリシーベルトって
決まってるんですよ
事故の時には
少し増やしてもいいという議論はありました
それから安全委員会でも一時被爆の時は
一年五ミリシーベルトまではっていう
規則を決めようとして
これはもうちょっと文章にもなってるんですが
多分公式には認められない段階で終わってる
つまりそれはどうしてかっていうと
事故の時には
一年五ミリシーベルトぐらい被爆するけど
そんなこと言ったら
原子力反対運動に火をつけるので
言わないとこうってそういう嘘ですね
実際には二十ミリシーベルトまでいいとかね
それから酷い人は百ミリシーベルトだ
私は週刊新潮にですね
別の新しい記事を出してほしいと思うんですが
週刊新潮は事故のある程度経った時に
二三か月かな?経った時に
半年ぐらいかもしれませんが
一年一ミリシーベルト男 武田邦彦っていう
四ページあの発行部数の多い週刊新潮で
四ページも割いてですね
一年一ミリシーベルトって嘘を
武田が言ってるっていう記事を書いたんですよ
あの為にかなりの人が
余計な被曝をしたでしょうね
なんでそういう記事を そういう嘘を書いたのか
一年一ミリシーベルトしかないんですからね
我々が世界のどこからでも水でも何でも
輸入して牛肉でも輸入して食べてるのは
一年一ミリシーベルトの
限度を超えない食料品だからなんですね
これ食料品ばかりじゃなくて自動車であれ
機械であれ全部そういう規制になってるわけですね
事故の時はどのくらいっていうのは
まだ定まってないんですが
普通の時は一年一ミリシーベルトなんですよ
ですからああいう そういう事故の時に
いくらって決まってない時に
まず一年一ミリシーベルトっていうのから
スタートしないとですね
よく安全安心って言いますけども
安心というのはですね
安全の基準がちゃんと守られてる時に
安心が来るっていうんであって
最近政治家の言う安全安心って
聞いてますとね 完全にならないので
騙して安心にするっていう
そういうのに使われてますね
週刊新潮にお願いしたいのはその時
なんかの加減で間違ったんでしょうから
一年一ミリシーベルト男 武田邦彦っていうのは
不適切であったという記事をですね
やはり四ページぐらいで書いてもらった方が
日本のためになりますね
これからの原子力発電所が
安全になるっていうことが大切です
週刊新潮は何のために
週刊誌を発行してるかっていったら
日本の発展のために発行してるわけですから
積極的にやってほしいですね
それからNHKもそうですね
私これは何回か警告してるんですけど
本とかそういうので警告してるんですが
NHKはですね
午後の四時か四時半のニュースの時にはですね
一号機が爆発しましてそれで発電所境界の
放射線量が非常に上がった時に
確か僕その放送を持ってますので
いつでも出せるんですけど
確か四万倍とか規制の何万倍って言ってですね
この時には一年一ミリシーベルトが
限度なのでって言ってるんですよ
それから一時間半か二時間後の
六時のニュースの時にはですね
それ一切言わなくなったんですね
その間に政治的な判断が
あったっていうか政治っていうのは
嘘をつくのを政治って最近言うんですけどね
政治的判断と言ったら
嘘をつくってことなんですけど
別に政治的判断嘘をつかなくていいんですよ
政治的判断っていうのは本当のことを言って
どうするっていうのを言うのが政治的判断であって
この頃は政治的判断で嘘をつくっていうね
この前のなんか流行病のなんかもそうですね
嘘をついておりました
だから被爆限度についていくらでも
嘘をついてもう嘘をつきすぎたので
今の現在の日本の被爆限度っていうのが
いくらになってるか分かんないんですよ
これは安全限度じゃありません
受忍限度ですけどね この前お話しました
だからこれははっきりしないと
今動いてる原子力発電所が安全ですっていったって
被爆限度が一年一ミリシーベルト
否定しましたんでね 福島の時に
それを復活したらまた色々もう
ものすごく保障問題が出てくるでしょうし
にっちもさっちも行ってないわけですね
それからメディアの嘘っていうので
一番大きいのは主力全国紙
それからマスコミのですね 記者がですね
事故が起こって一週間か二週間後に
全員福島から引き揚げて
三か月後か四か月後に福島に戻ると
つまり福島の被曝が危険であると言われたので
メディアは慎重を期して自分たちの
社員をですね 福島から引き揚げた
一方 その一方ですね 新聞とかテレビでは
福島に住んでても大丈夫ですよって
放送をしたっていう
これは一番巨大ですね もちろん
それから先ほど言いましたように
NHKがその日はその日の途中までは
一年一ミリシーベルトって言ってたのを
一時間半か二時間後に変えたと
それからその当時私は東大の教授を
随分批判してたんですね
東大の教授ともあろうものが
テレビに出て色々な嘘を言ってると
不適切だと 多重防御にしても
固有安全性にしてもですね
被爆限度にしても
そしたら東京大学の先生方二十人ぐらいかな
原子力に関係する先生方が声明出しましたね
我々はテレビにもう出ません
そこではっきりと嘘をついたからとは
書いてないんですけど
やっぱり東大の先生ぐらいの
訓練を受けてない あんまり信念のない
学問だけができて純情な人もいますけどね
やっぱりあれだけ僕は見てて
みんな僕の後輩でしたから
何だこれどういうことかと
全然科学者としての倫理観もないなーと思って
いやNHKがどんなに嘘つく
それから政府が
どんな嘘をつくっていうことはあるんですよ
それはあるんですね 世の中ですから
だけどどんなに社会が嘘ついても
科学者は嘘ついちゃいけないんですよ
それから原子力の嘘っていうのを
三番目に書きましたが
これは実は原子力に
そういう風土があったんですね
日本社会が嘘をついて
それを隠すという文化になってきたので
それにつられて
原子力も嘘をつくようになりました
私が原子力の所長やってる時は
いくらでも嘘がありました
じゃあ僕のとこじゃなくて 見てますとね
原子力の情報が入ってくるんですけど
ここでまた嘘ついてるな
ここでまた嘘をついてる
ほとんどはですね
実施者つまり責任者ですね
責任者に覚悟がないんですよ
やっぱり原子力くらいのでかいことをやりますとね
やっぱり普段から俺の人生はもう
戦艦大和の艦長ってあの頃言ってたんですけど
戦艦大和の艦長のような
覚悟のある状態じゃないとですね
やっぱり普通の人がなかなか昔で言えば
なんかあれば俺は腹切るよというぐらいの
覚悟がないとですね
原子力の仕事ってできないんですよね
ですからこの嘘っていうのは
原子力の嘘っていうのは
現在の日本人の指導者の覚悟がですね
足りないということなんですよ
いずれにしても理由とか色々あるんですが
被爆限度は嘘はつくは
もちろん爆発の原因も嘘をつく
被爆限度も嘘をつく
メディアは自分の行動に嘘をつく
それから放送内容に嘘をつく
それで全員で嘘をつくと
原子力学会もやや嘘をつくと
あなた方は何を目的に仕事してるんですかって
言いたくなっちゃうんですね
私は原子力の技術的な
不十分のは直して進歩させて
やがて原子力も使えるようになった方が
いいと思ってるんですよ
その意味で僕は反原発では全然ないんですよ
いやそういうの反原発って言うんですかね
別に原子力に反対してるんじゃなくて
その安全な原子力じゃなくちゃいけないと
それ当たり前じゃないかと思うんですけどね
新幹線は非常にいいと
だけど新幹線がひっくり返るようじゃ駄目だと
それを反新幹線っていうんですかね
僕はそんなことないと思うんですよ
どんな技術でも未熟な時には控える
その未熟であるかどうかが分かるのは専門家だから
専門家は技術が未熟であれば勇気を持って
今はまだ技術が未熟で
危険だから控えた方がいいと
使用を控えた方がいいって言ったら
それは反技術になるんですかね
そんなことは私はないと思いますね

2022年3月26日

#武田邦彦 先生

2022/03/31

【炉端の話】人間の体は民主主義!? (武田邦彦先生)



本日の収穫(3816文字)  

今日はちょっと変わった話をさせていただきますが
人間の体は民主主義っていうんでですね
人間の体は一体民主主義なのかどうかと
これは政治の形態が民主主義であるべきか
独裁主義であるべきか
基本的には民主主義と独裁主義ですよね
今の中国が独裁主義
今のアメリカがほぼ独裁主義
今のロシアもほぼ独裁主義ですね
日本もほぼ独裁主義なんですね
じゃあ独裁主義と民主主義これを人間の体で示すと
どういう区別になるかっていうとですね
頭がこれが正しいとか
これをするとかいうことを決めて
体がそれに従うというのがこれ独裁主義ですね
頭なんていうのは
人間の一番上の方にあってですね
別に何か考えることができたって
歩くこともできないし
ご飯食べることもできないし
生きていくこともできないわけですから
司令塔みたいなもんですからね
これが威張っちゃいけないわけですよ
ところがですね そういう風に
学校で教えてるっていうこともあるんですが
人間の体は脳が判断して
大脳が判断してっていうのがいるんですよ
それで脳科学の人なんかもですね
その凄く教条主義ですからね 独裁的なんですよ
脳科学の人が独裁的であるっていうのは
もう僕は会ってもそう思うんですね
話してもそう思うんですよ
それはどうしてかっていったら
脳が独裁主義だからなんですね
僕はどっちかっていったら
体が人間の行動を支配してると思ってるもんですから
ですから徹底した民主主義者でもあるし
民主主義が一番いいと
こういうように思ってるわけですね
どうしても人間はですね 脳で
今日例えば昼になったらラーメンが食べたくなる
ラーメン食べたくなるっていうのは
脳がラーメンを食べようと思うからだと
いう風に錯覚してるわけですね
これは学問はですね
浅く学んだ人っていうのは大体そうなんですよ
どうしてかっていうと確かに脳が
ラーメン食べに行こうという風に言って
ラーメン食べに行くわけですからね
その意思っていうのがさ
人間の意思っていうのは
脳が決めてるっていう風に思っちゃうんですよ
しかしそれはですね
学問的には恐らく違うんです
なぜかっていうとですね 脳がこれはだから
養老先生のバカの壁って言うと
ちょっと言い過ぎなんですが
脳が命令してるんですよ
もちろんラーメン食べに行こうって
命令してるんですけども
よくよく学問をやりますとね 学問っていうのは
そういうことを教えてるんじゃないですね
脳がラーメン食べに行こうという風に
決めたのはどこかっていう
もう一つ奥まで考えるのが
これ学問なんですね
じゃあ昼近くなりますね 11時半頃になりますよ
今日ラーメン何食べようかなと思うでしょう
そうするとですね
脳は別に何食べたっていいんですよ
だって脳は消化もしないし何もしないんですから
運動もしないわけですから
そうすると体の方でですね
ラーメン食べたくなるところが
なきゃいけないんですよ
それは舌 味を味合うを舌なのか
消化を司る胃なのか
それとも栄養を吸収する腸なのか
それとも それの結果その筋肉を使う
手足とかそういうとこなのか
それとも感情を司る心なのかって
こういう問題にまずなるわけです
それ考えなかったら何のために人間の意思を
研究しているかどうか分からないですよね
最近 最近っていうか
ずっと昔からの研究を見ますとね
やはり体はどうも民主主義ですね
体が要求するとかよく言うじゃないですか
体が求めるとか
例えば喉が渇くなんか全くそうですよね
喉が渇くっていうのは
別に喉が渇くっていう表現で言ってるだけで
喉が渇いてるんじゃないんですよ
体全体に水分が不足すると
それを喉の神経の方に移して
喉が渇いてるように感じるわけですね
脳が別に命令してる訳じゃないんですよ
喉が渇いたという状態は
我々は喉から知るんですね
喉が渇いてるよということを
頭が判断するっていうだけなんですよ 最後に
喉が渇くのは
体の各細胞の水分率が下がるからなんですよ
それで各細胞から水を送ってくれ
水を送ってくれって言ってくるんですよ
もしくは血液の水分量が減るので
それでもう少し水分を要求してくれって
喉に言うんですよ 喉にですね
喉に言うか頭で言うかってのはこれ
議論があって細かいことを問題にする
細かいことを問題にして
大きなことを考えない人は
こういう時にね 自分が
あ!しまった あそこを考えてなかったなつって
慌てて それを調べるんじゃなくて
そう言ってる人を非難するっていう風に
いきますからね 人間は
いずれにしても喉が渇く
そして脳が水を飲もうと思って一応脳にこう
あなたの体が水を要求してるからちゃんと
そこのとこやってねっていうのが喉なんですよ
脳が あ!そうか
それじゃあ あそこにいって
水道の栓を開けるかとか
ここの水道は臭いからなーちょっと
臭いからということも多分細胞からなんですが
どっかに行ってお湯を沸かして
それを冷やしてから飲もうとかね
そういうこと考えるわけですね
全てそう さっきのラーメンもそうですね
どういう栄養が欲しいかっていうのを
各細胞から希望がいってですね
胃だかそこら辺にいってですね
それで胃とか 舌が舌かな?
舌が今日は
ラーメン食べたいなっていうことになるんですよ
それで11時45分ぐらいになると
その人の頭が今日はラーメン食べに
行こうってことになって それで言語を使って
おい!一緒にラーメンを食べに
行かないかってこういうことになる訳ですね
ラーメンを食べようという意思が
頭から浮かんでくることはないんですよ
それはお寿司でも和食でも
肉が食いてえなっていうのも同じですね
それと一緒ですね 行動も
行動もそうですし
それから寝る時の寝れるか
どうかっていうのもそうですね
もちろん寝れるかどうかなんてのは
もちろん体であって
よく寝れる方法っていって
この前読者の方からご紹介いただいて
ちょっと試しにやってるんですが
顔の筋肉から緊張させて緩める
今度は腕の筋肉を緊張させて緩めるっていう風に
やっていくと五分以内に寝れると
つまり寝るというのは
脳が寝ようとして寝るんじゃなくて
体が眠たいという状態を
作るっていうことなんですね
体が眠たいという状態を作る
だから人間の体が民主主義なんですよ
つまりボトムアップなんです
脳が指令して我々は人生を送ってる訳じゃなくて
ボトムアップ
つまり体の細胞とか そういうのが
これも慶応大学の前野先生なんかは
小人 体の中の小人と言ってますけどね
小人と言っても細胞と言っても
同じなんですけども
細胞っていうと ちょっと細胞じゃなくて
神経も神経細胞ですけどね
そういう意味で細胞っていうのが
一番科学的かもしれませんね
小人って言ってももちろんいいんですよ
体の中にある小人がこうしようという風に
決めたらこうなる訳ですね
それで細胞同士も
もちろん連絡しているわけです
これは私の言葉で言えば絡合なんですね
多細胞生物っていうのはですね
一つ一つの細胞が独立してるんですよ
これ日本と同じなんですよ
一人一人の国民が独立してるんですよ
国民の欲することをやるのが政治なんですね
ですから当然民主主義なんですよ
民主主義じゃない形っていうのは
一応考えられないんですね
ソ連ですね ソビエト連邦が
あった時の共産党っていうのは
再興?とかいっちゃってですね 一個一個を
あたかも民主主義の形を取ろうとしてました
現在北朝鮮人民民主主義共和国って
いうんでけど民主主義ですよね
中国も中国共産主義人民共和国かなんか
民主主義が付いてるんですよ
だけど民主主義じゃないですよ
だってトップの人が独裁で決めるんですから
これは独裁主義って言った方がいいんですよ
それは別に独裁主義は恥ずかしくないですよ
独裁主義っていうのと
民主主義と二つあるだけで
しかし何で朝鮮民主主義共和国っていうか
人民民主主義共和国っていうかっていうと
自分たちが独裁主義だから
それを民主主義っていう
言葉で隠してるっていうだけでは
僕は人間は隠さない方がいいと思いますよ
そのままですね いったがいいと思います
ここで言いたいのは
人間の体は民主主義だっていうことなんですよ
だから民主主義ってやっぱり本質的なんですね
それを汲み上げる力ですよ
僕が体壊したのは反民主主義だからですよ
つまり私ね 一か月入院して何も食べなかったらね
体が少し変わっちゃってですね
今まで何してもあんまり感じなかったんですよ
油のものすごくばっかの牛肉食っても
みんなが気持ち悪いっていうのに
僕はあんまり気持ち悪くないし
つまり感度が鈍かったんです
つまり体の状態を
自分で感じることができなかったので
脳が支配する通りに行動してたら
病気になっちゃったっていうことなんですね
女性の人は民主主義ですから みんな
自分の体に聞いて体が欲してるものを食べてますね
それから注意もしてますよ
だからこれからの今も
中国も民主主義じゃないでしょう 独裁主義
アメリカも独裁主義
ロシアも独裁主義ですからね
主要国は全部独裁主義ですから
独裁主義から民主主義に変わるのは
やっぱり人間の体を
よく理解することじゃないですかね
ですからここで炉端の話で
人間の体は民主主義
自分の意思があるわけじゃないんですよ
前野先生の話だったら
体の中の小人が命令したように
頭が調整しているだけっていうわけですね
これはアフォーダンス
ギブソンのアフォーダンスとかですね
そういうものでよく示されていますが
日本人は日本人の歴史的な背景で
遺伝子とアフォーダンス
外的影響によるその人の意思決定の
システムっていうのがありますからね
それに基づいてやってるっていうことで
これはなかなか考えて役に立つし
また自分が幸福かどうかっていうことにも
大きく関係すると思います

2022年3月25日

#武田邦彦 先生

米ロのどちらを信じるか (武田邦彦先生)

本日の収穫(1181文字) では続いては 視聴者の方からの質問ということです 米ロのどちらを信じるかということです 前回はロシアとウクライナについてのご解説 とても勉強になりました 今回はロシアに若干の利があると言いますが 日本もロシアに多少恩を売っておく方が 良いのかもというの...