本日の収穫(3789文字)
さてですね 悪戦苦闘した挙句
試験の採点をもうやめようと思ったのが
最後の終点だったんですね
だって大学では六十点というのが
一応合格ラインなんですけども
私の教えていることにですね
得意な学生はもうらくらく合格なんですよ
不得意な学生は もう苦労するんですよ
そうするとね 一定に六十点
同じ問題を皆さんに出して
それで六十点が合格っていう風に
一定の線を引くとですね
結局 何をしてるかっていうと
試験っていうのは その道に優れた学生は
もう教える必要ないぐらいで
合格してしまってですね
それで苦手な学生に
鞭を打つっていう感じになるんですよね
もちろん世の中がですね
全員が同じ物理とか物理化学を
できなければ
仕事が進まないのなら仕方ないですよ
だけど そんなことは全くないんですよ
例えば建物を建てるにも
車両を作るにもですね
材料をやる人もいれば 設計やる人もいるし
お客さんを相手する人もいるし
それから いろんな計算をする人もいる
多種多様な人を必要としてるのに
大学ではですね 苦手ばっかり勉強させるんですよ
これ大学ばかりじゃなくてですね
小学校の頃から同じ基準で
生徒とか児童を評価するっていうことは
その児童にとっていいことは勉強させず
まずいことだけ勉強させるっていうことを
続けているわけですから
それはできないんですよ
そうかといって その子の予備試験をして
その子の最初の実力を見て
進路を聞いて採点すると
それは確かに
ほとんど出来てるのに不合格になったり
ほとんど出来ないのに
合格になったりするわけですから
それは学生側としては不満がありますよね
それはやっぱり
確かに行き過ぎなんですよ
それでもう困った挙句ですね
結局採点やめてみようと思ったんですね
それで黒板に五問
普通五問書くんですね 私は
五問黒板に書いて
それで真っ白な紙を渡しましてね
それでとにかく名前だけ書いて
学籍ナンバーと名前だけ書いてくれと
そうしないと採点できないからつって
書いてもらって
それを確認して それで黒板に五問書くから
自分の好きな一番から五番まで
自分の好きなものを幾つでもいいから
五個でもいいし
一個でもいいから書いてくれと
採点は長さだけで決めると
このA4の紙は29センチ4ミリだから
半分まで書けば五十点だと
学生はむしろワーっと笑いますよ
内容は読まないよと
こういうわけですね
それで試験を始めたんですよ
そういう試験をですね
それで結果的には大成功で
それまで採点してた時期よりか
採点しなくなってからの方が
学生の出来がいいんですよ
実際は僕見てるんですよね
どの位くらい出来てるかなって見てるんですよ
全然まともな答えなんですよ
もちろん これには
若干のトリックはあるんですよ
授業中にですね 僕は君たちの将来には
何の責任も持てないからねーと
だから僕が教えることを
覚えたって覚えてなくたって
僕は社会で必要だと思うよと
必要だと思うけど
まぁ君たちの将来には
僕は責任持たないからねと こう言ったりですね
それから昔から私は
試験監督ってのはやらないんですよ
もうあのー カンニングしたい人は
カンニングすればいいよと
だけどカンニングなんかする
癖が付いたら人生は失敗するよと
やっぱり人生っていうのは
自分で額に汗流して働かないと
他人のお金をくすねようなんて思ってね
ろくな人はいないよと
ねー って言ってそういうことを
講義の間に間に 僕は言うんですよね
だから そういう手は打っているわけですよ
それでね 本当に
最初の年は感激しましたね
なにしろみんなの答えが
ガラッといいんですよね
それは確かにそうなんですよ
それまではね
もう小学校から高等学校までね
試験のために勉強してきたんじゃないですか
ところが僕に採点は長さだけだよって
中は読まないからねって
何でもいいんだよ
彼女のデートでも何でもいいんだよって
新聞記事でも何でも
書きゃいいだからっつってね
そしたらね 初めてじゃないですかね
学生にとってみれば
あれ?何のためにこんな寒い時に
いやねー 冬の講義なんか寒いんですよ
この頃大学がケチになってですね
暖房費の節減とかね
環境に優しくなんつってるもんですから
もうコート着ながらね 手震わせながらね
勉強している 学生もいるんですよ
そんなような状態なんですよ
とにかく今はですね
大学の経理の方が大切で 学生が快適に
勉強するとかいうんじゃないんですよ
むしろ学生に敵意を持ってるっていうか
学生を馬鹿にしてるんだよ
大学の管理の人も結構いるんですよね
とにかく学生は初めてね
何のために
勉強してるんだろうと思ったんでしょうね
それで僕の講義を
その時に聞かなければ
もう一生これは話は
こういう話は聞かないよ
聞くことをチャンスないよって
そういう牽制球も打ってますからね
ですから
あ!そうかなと思って聞くんでしょうね
それでせっかく出席してるんだから
こんな寒い教室で出席してるんだから
やっぱりちょっとは覚えた方がいいよとかって
いうもんですからね
成績がいいんですよ それでね
もうすごく僕が気に入っちゃったんですね
レベルが下がるってのはね
強制的に勉強させなきゃ
レベルが下がるっていうのはね
そういうことを経験してきたから
そういう風になっちゃったんですよ
俺は大学受験の時しか勉強しなかった
だから大学受験なんか無くしたら
駄目になる
いや違うんですよ 人間はやっぱり
知的好奇心とか知りたいとか
今知らなきゃいけないって
そういう判断力が聞くんですよね
だから いやねー
ジャパンタイムズかなんか載せてくれましてね
日本の新聞は見向きもしなかったですよ
そんな変な先生のこと出すかと
それで長さだけですよ ですから
最初持って帰ってきましたらね
大学院の学生にこれを渡してさ 答案を
おいちょっと採点してくれよって言うと
いや採点だけは先生できませんよって
大学院の学生が言うから
いやー 定規でいいんだ定規で
半分が五十点だからねって言って
それで定規だけで
ちょっとやってくれよって言ったら
やってもらったりしましたね
ある時ね 僕は普通その何ですか
試験監督やらないんですけど
なんか用事があって教室にいたんですよ
パソコンかなんかやってて
それでみんなが取り組んでるやつを
こう見て回ったらね
一人ね 半分しか書いてないんですよ
半分っていうのは五十点ですから
内容見ませんからね
それで小さな声で
彼にプライドがありますからね
小さな声で
おいおい!もうちょっと書けと
このぐらい書いたら六十点だからなって
書け書けって言ったらね その学生はね
先生申し訳ないけど
僕書けませんって言うんですよ
問題できませんって言うんですよ
いいよいいよ お前デートでも
何でもいいから書けよ
ねー 中身読まないんだから
言ったんですよ
その学生は最後に出した
答案を見たら書いてないんですよ
落第ですよ 翌年もう一回来ましたね
やっぱり人間ってのは
そうしたもんじゃないですかね
それで五問書くっていうのは またね
またこれがトリックがありましてね
一問から四問までは
その講義で教えたことなんです
それで最後の五問はですね
教えてないことなんです
教えてないこと だけどその分野ですよ
もちろん その分野だけど
分子運動論なら
分子運動論っていう領域ですよね
力学なら材料力学なら
材料力学っていう領域
熱力学なら熱力学っていう領域
領域はそうなんだけど
教えてないと それ書くんですよ
なぜそうしたかったらですね
僕はね 学生の能力っていうのは
我々が考えているよりか
ずっと高いんですよ
実はね 五十人ぐらい教えてますとね
一人二人はね
あれっていう答案を書いてくるんですよ
それで試しにですね
教えてないものも書くんですよ
そうすると反応が二つあるんですね
一つは五番なんか先生
習ってませんよっていうのがいるわけですよ
そういう文句言ってくるのがいるんですよね
これなかなかいいんですよ 学生はね
そうかと 君は大学に何しに来たの?
僕はね 学生が勉強する場が大学で
僕はそれをアシストしてるつもりだけど
君は大学で習ったことだけ
勉強しようと思ってるのって言うんですよ
そうすると そういう学生はね
感受性が強いですからね
しまったと思ってね
すいませんつって帰っていくんですよね
だからその
五番を書くっていうのはですね
五番でも書くような学生はね
もう大丈夫なんです
それから僕は
いろんな講義をしておりましてね
名古屋大学では
物理を教えてたんですけれども
その時並行して
多摩美術大学で二十年ぐらい
主にはデザインですね
たまに絵画なんて教えてましたけどね
そこでも同じ試験方式なんですよ
そうするとね 面白いんですよ
多摩美の学生はね
やっぱり想像力があるんですよ
やっぱりね 名古屋大学の
工学部の学生ってみんな優秀ですよ
優秀だけど言われた通り
きちっと書いてくるんですよ
上からね ほとんどぎっしりと
多摩美の学生で一人ね
縦に一行を書いてきて
下まで書いたのいましたよ
もちろん百点ですよ
それからね 僕の似顔絵だけを
書いてきたのがいるんですよ
もちろん合格ですよ
まぁねー やっぱりそういう柔軟な心も
教育には大切なんですよね
それだけじゃ やっぱり駄目で
やっぱり五十人いたら四十八人ぐらいは
ちゃんと書いてくるけど
一人や二人はね やっぱりそういう
ちょっと茶目っ気があったり
少し羽目を外したり文句を言ったりする
学生がいるっていう集団がね
やっぱり教育の場には
非常に大切だと思って
この試験の採点をやめてみたら
素晴らしかったと
僕はね これはもう一生忘れませんね
従って退職するまで採点は
この形式でした
人間はやっぱり信ずればいいんだと
子供を信ずればいいという僕の核心は
ここから来ております
2022年1月8日 (ヒバリクラブより)
#武田邦彦 先生